冷蔵庫から北京ダックへ。「人単合一」が変えた組織のあり方
2020年、中国の家電大手ハイアールが北京ダックの販売を始めた。
きっかけは新型コロナウイルスの感染拡大だった。飲食店の営業が制限され、北京ダック向けのアヒルを飼育していた事業者は販路を失った。一方、料理人には、本格的な北京ダックを家庭でも楽しめるようにしたいという思いがあった。
そこに加わったのが、ハイアールで「食のインターネット」事業に取り組んでいた張瑜氏である。料理人の張偉利氏、飼育事業者の丁宜帮氏とともに、家庭用オーブンで北京ダックを再現する方法を探り始めた。
難しかったのは、調理工程の標準化だった。食材をマイナス18度で配送し、オーブンを200度、湿度70%に設定する。何度も実験を重ね、約半年かけて家庭で調理できる商品に仕上げた。ハイアールの発表によれば、予約販売で2日間に1万羽の注文が入った。
家電メーカーのハイアールが、北京ダックの開発と販売にまで関わるようになった。その背景には、2005年から取り組んできた独自の経営モデル「人単合一(RenDanHeYi)」がある。
冷蔵庫を壊した経営者が、今度は組織を壊した
1985年、張瑞敏氏は76台の冷蔵庫を従業員の前で破壊させた。当時、青島の冷蔵庫工場の再建を任されていた張瑞敏氏(ハイアールグループ創業者)は、品質に問題のある76台の冷蔵庫を見つけ、従業員にハンマーで破壊させた。
冷蔵庫が工場労働者の約2年分の給与に相当した時代である。不良品でも安く売れば買い手はついた。それでも張氏は、品質に問題のある商品を市場に出すことを認めなかった。
この事件は、品質管理を重視するハイアールの企業文化を象徴する出来事となった。同社はその後、洗濯機やエアコンへと事業を広げ、海外進出も進めていく。
その後、事業が拡大するにつれ、ハイアールが抱える経営課題も変わっていった。
製品の品質を安定させるには、明確な基準と管理体制が欠かせない。しかし、新しい商品やサービスを考える仕事では、現場が見つけた商機をどれだけ早く事業にできるかが問われる。
事業規模が大きくなれば、部門間の調整も増える。営業が顧客の要望を聞いても、開発部門に伝わるまでに時間がかかる。予算や人員を動かすには、管理職の判断が必要になる。
こうした状況を変えるため、ハイアールは2005年に「人単合一」を打ち出し、組織改革を本格化させた。
改革はかなり徹底していた。張氏は2018年の講演で、約1万人の中間管理職ポストを廃止したと説明している。管理職だった社員には、新しい事業の担い手になる道が示された。一方で、従来の役割をそのまま維持する選択肢はなくなった。
上司ではなく、顧客に向き合う組織へ
「人単合一」の「人」は従業員、「単」は顧客の注文やニーズ、そこから生まれる価値を指す。「合一」は両者を結びつけるという意味だ。

一般的な企業では、商品開発、製造、営業など、部門ごとに目標が設定される。開発部門なら予定どおりに製品を完成させること、製造部門なら品質基準を守ること、営業部門なら販売目標を達成することが評価につながる。
それぞれが自分の役割を果たしていても、商品が顧客に支持されるとは限らない。
ハイアールでは、この部門ごとの責任を顧客との関係から捉え直した。商品が売れなければ、営業だけの問題では済まない。開発や製造に携わった社員も、顧客に受け入れられなかった理由を考える。
2026年5月に公開されたインタビューで、張氏は人単合一の目的を「人の価値最大化」と説明している。
社員が持つ能力を発揮し、顧客に貢献する。その成果が本人の評価や報酬にも反映される。張氏は、社員の成長と顧客への貢献を切り離して考えるべきではないという立場を取っている。
この考えを具体的な組織の形にしたのが、「マイクロエンタープライズ(ME)」と呼ばれる小規模な事業チームだ。
ハイアールは巨大な組織を数千のMEに分け、各チームに事業上の意思決定や人材の選択、資源配分に関する権限を与えてきた。
チームは顧客を開拓し、商品やサービスを企画する。必要な人材や技術は社内外から集め、事業の成果にも責任を持つ。
社内で生まれたゲーミングPCブランド「雷神」
ハイアールの社内起業から生まれたのが、ゲーミングPCブランド「Thunderobot(雷神)」だ。
2013年、ノートPC事業が苦戦するなか、開発チームは成長を続けていたゲーミングPC市場に目をつけた。ネット通販サイトの約3万件の低・中評価レビューを分析し、発熱や画面の解像度など、既存製品に対する不満を洗い出した。その結果を商品開発に生かし、同年12月に初代モデルを発売した。
事業を率いた路凱林氏は、販売代理店からの引き合いを断ったこともある。顧客の反応を素早く製品改良に反映させるため、直接販売にこだわったからだ。一方、当初は社内の起業支援体制が十分ではなく、投資家との交渉や社内調整も路氏自身が担った。
その後、Thunderobotは事業を拡大し、2022年12月に北京証券取引所に上場した。
小さな組織が増えれば、別の問題も出てくる
小規模なチームへの分権化には、別の課題もあった。
日本にも、京セラのアメーバ経営をはじめ、小集団による採算管理や自主的な経営を重視する仕組みはある。小さな組織に権限を与えること自体は、決して新しい発想ではない。
ハイアールがさらに踏み込んだのは、チーム同士の関係にも競争や協業の仕組みを持ち込んだことだ。人事や経理、法務、ITなどの間接部門も、事業チームにサービスを提供する立場になる。MEは必要に応じて別のMEや外部企業と組み、事業に必要な機能を確保する。
一方、チームが細分化されるほど、複数の事業をどう連携させるかが課題になる。ハイアールはそのために、「EMC(Ecosystem Micro-Community)」という仕組みを設けた。EMCでは、共通の顧客ニーズに応えるために、複数のMEや社外の企業が協力する。
必要なメンバーは案件によって変わり、従来の部門の枠に縛られない。冒頭で紹介した北京ダックの事業にも、複数の事業者が参加している。
それぞれの得意分野を組み合わせたことで、従来は店で食べるものだった北京ダックを、家庭向けの商品として販売できるようになった。
ハイアールが手がけたのは、冷蔵庫やオーブンの改良にとどまらない事業だった。食材の加工、調理方法、配送まで、家電の周辺にあった仕事にも関わるようになったのである。
日本企業はハイアールから何を学べるか
ハイアールの人単合一を、日本企業がそのまま取り入れるのは難しい。雇用制度や組織文化が異なり、全員が事業の損益に責任を持つ働き方を望むとも限らない。
ただ、現場への権限移譲という点では参考になる。日本企業でも、新規事業チームを立ち上げながら、予算の執行や外部企業との提携には本部の承認が必要というケースは少なくない。これでは、現場に自主性を求めても動ける範囲は限られてしまう。
ハイアールは20年以上かけて、組織の細分化だけでなく、予算や人材、利益配分の仕組みにも手を入れてきた。日本企業にとっても、新しい組織をつくること以上に、そこにどこまで権限を渡せるかが問われている。
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