株式会社シフト・ビジョンが展開する、イノベーションのヒントを探るインタビューシリーズ。第5回は、株式会社WeIns CEO・長坂 創太(ながさか そうた)氏に話を聞いた。
WeIns(ウィンズ)は、ドイツ発の宿泊管理・予約システム「Beds24」の日本向けローカライズ・販売を手がける企業だ。自社で開発したNo Show(無断キャンセル)を防ぐアプリを強みに、民泊をはじめとする国内の宿泊施設へサービスを広げてきた。
本稿では、長坂氏の言葉を手がかりに、WeInsの事業を支えてきた発想と実践を考察していく。
「仕方ない」を仕組みで防ぐ
予約が入っているにもかかわらず、当日になっても宿泊客が現れない。連絡もつかない。売上になるはずだった一室が、空いたまま残される。
No Show(無断キャンセル)は、宿泊施設にとって長く悩みの種となってきた問題だ。その損失を「仕方のないこと」で終わらせず、システムによって防ごうとした長坂氏らの取り組みは、まさに革新的だった。
WeInsが生み出したイノベーションは必然だったのか。それとも、偶然の産物だったのか。そう尋ねると、長坂氏は迷いなく答えた。
「99%、運でしょうね」
その言葉の真意は、WeInsの歩みを追う中で少しずつ見えてくる。長坂氏が「運」と呼ぶものを、起業の原点からたどっていく。
46カ国の旅が導いた宿泊業への道
長坂氏が旅行業界に足を踏み入れたきっかけは、26歳のとき、バックパッカーとして旅に出た経験だった。「一度は世界を見ておきたい」という思いのもと、約10カ月をかけて46カ国を巡った。

バックパッカー時代に訪れたイースター島での一枚(長坂氏執筆のnoteより)
当初から起業を志していた長坂氏は、この旅を契機に、旅行に関するビジネスで起業する道を選ぶ。
「もともとは、大学のときに専攻していた福祉分野で起業するつもりで、準備も進めていました。でも、やっぱり自分が好きな分野で起業するべきだと考えたんです」
そして、帰国後に入学した早稲田大学ビジネススクールで出会ったのが、後にWeInsのCOOとなる木村氏、CTOとなるワヒュー氏だった。
彼らが所属していたのは、株式会社シフト・ビジョン会長・大滝令嗣が教鞭をとるゼミ。同会長の後押しも受け、3人は宿の経営に乗り出した。
宿泊業の現実──「No Show」という痛み

ところが、経営は思うようにはいかなかった。開業当初こそ順調だったものの、宿は次第に価格競争に巻き込まれていく。背景にあったのは、他の宿泊施設との差別化を図る難しさだった。長坂氏によれば、宿泊業は資本集約型のビジネスであり、基本的には資金力のある事業者が強い。後発で宿を始めた長坂氏らにとって、その壁は想像以上に厚かった。
さらに、経営を苦しめたのがNo Show(無断キャンセル)だった。No Showが占める割合は、売上の約20%にのぼっていたという。
「100万円の売上が入るはずが、20万円が消える。これは痛いですよね」
2〜3年は、自分たちの力で何とか宿を経営した。しかし、宿泊事業だけで勝負することの限界は明らかだった。
自社課題から生まれたアプリ
宿の経営だけでは厳しいと実感した長坂氏らは、新たなビジネスを模索していく。その中で着目したのが、自社の宿でも利用していたドイツ発の宿泊管理・予約システム「Beds24」だった。

長坂氏らはこのシステムをもとに、No Showを防ぐアプリを開発した。無断キャンセルされても、予約者からキャンセル料を回収できる仕組みだ。
数カ月にわたって自社の宿で試したところ、No Showによる損失はなくなった。その手応えから、長坂氏はふと気づく。自分たちがこれだけ困っていたのなら、他の宿も同じように困っているのではないか。
ブログにその内容を投稿すると、3日後、岡山の宿から「ぜひ使わせてほしい」と連絡が入った。その反応をきっかけに、Beds24の日本展開は動き出す。長坂氏らはドイツの開発元に掛け合い、日本での販売に乗り出した。
「すごくいいシステムだから、日本で売らせてくれないかと相談したら、『いいよ、売ってみろ』と。文脈としては、どうせ売れないだろうという感じでしたね」
しかし、長坂氏らはその見立てを覆していく。コロナ禍では売上の3割が失われる打撃を受けたものの、訪日客が戻り始めると利用施設数は加速度的に増加。現在では国内約8,500施設で利用されるまでに広がり、WeInsはBeds24のローカライザーとして世界最大規模の事業者へと成長を遂げたという。
成長を支えた、民泊目線の設計

その成長を支えた要因の一つに、民泊の経営者が導入しやすい設計がある。
まず、WeInsで提供する日本向けのBeds24には無料トライアルがある。長坂氏によれば、同種の宿泊管理サービスには、基本的に無料トライアルがないという。それでもトライアルを用意した理由を、長坂氏は「僕が好きだから」と話す。トライアルのないサービスは使いたくない。その素直な感覚が、サービス設計にも反映された。
初期費用も基本的には不要。月額費用も、民泊の事業規模に合わせて5,000円程度に抑えた。これは、一般的なホテルや旅館向けの宿泊管理システムの4分の1から5分の1ほどの価格だ。
「民泊は、月の売上が20万円以下という施設も多い。そんな中で、月額2万円のアプリは使えません。だからこそ、うちは他社と比べて安く設計しています」
民泊オーナーにとって、売上を上げたいという課題は切実だ。No Showによる損失を防ぐ仕組みを、実際に導入できる価格で届ける。ペインに合ったソリューションを手の届く形にしたことも、WeInsが成長してきた理由の一つだった。
「運」と呼ばれた三つの条件
自社の課題から生まれた仕組みが、宿泊業界に広がっていく。ここまでの流れだけを見れば、WeInsの歩みは必然のようにも見える。しかし、長坂氏は、この出来事を「99%、運」と表現した。
長坂氏のいう「運」とは、偶然のように重なった三つの条件だった。
一つ目は、CTOでありエンジニアでもあるワヒュー氏の存在だ。「彼がいなかったら、このビジネスは始まっていません。私と木村では、アプリは作れませんから」
二つ目は、No Showというペインに気づけたことだった。「宿の人たちがNo Showで困っている。ただ道を歩いているだけでは、それに気づけないんですよ。実際に宿を運営していたから気づいたんです」
そして三つ目は、業界の常識を知らなかったことだ。「No Showは、当然起こるものだと、みんな諦めていた。でも私たちは、いきなり宿泊業を始めたような、ちょっと普通じゃない人間だった。業界の常識を知らなかったから、『No Showがあるのはおかしい』と疑うことができたんです」
長坂氏は、その一つひとつを「運」と呼ぶ。ただし、それは運任せという意味ではない。長坂氏は、イノベーションに再現性があるとすれば、「自分の痛みを解決すること」にあると話す。
「お金をもらって、他人のために何かをするのは普通のこと。そのとき出せる力は40%くらいです。自分の課題を解決するとき、人は100%の力が出ます。イノベーションを起こしたいなら、他人ではなく自分の問題を解決するんです」
長坂氏らが解決しようとしたNo Showは、まさに自分たちの問題だった。その切実さがあったからこそ、長坂氏らは9年近く、このペインに向き合い続けてきたのだ。
広告費ゼロ。“SNS中毒”が生んだ差別化
長坂氏が向き合ってきたのは、プロダクト開発だけではない。長坂氏は、宿泊施設が抱える課題やその解決策を、毎日のように記事やSNSで発信し続けてきた。組織づくり、顧客対応、スタッフのモチベーション。日々の経営の中で考えたことを学び、言葉にし、投稿する。
「月に1回とかではないです。毎日です。それを8年続けてきました」

長坂氏のXアカウント。ポストの数は3.1万件にのぼる
原動力は、単純に「好きだから」だという。長坂氏は自身を、もはや“SNS中毒”だと自嘲気味に言うが、その素質こそが、WeInsの認知を広げることに役立った。
この発信は、結果としてWeInsの差別化にもつながっていく。
プロダクトの機能は、競合に模倣されやすく、No Showを防ぐ技術も例外ではない。だからこそ、長坂氏らは機能とは別の場所で差をつける必要があった。
そこで力を発揮したのが、コンテンツマーケティングだった。ライターを雇う余裕も、生成AIもなかった時期から、広告費をかけずに自分たちで記事を書き、発信し続けてきた。
SNSの活用に悩む企業に対して、長坂氏はこう語る。
「SNSの中毒者を探すことですね。夢中になって発信できるというのは、その人の才能ですから」
「やらないこと」を決める力
ゼミの仲間3人で始まったWeInsは、サービスの広がりとともに組織も拡大してきた。では、会社として成長していく過程で、長坂氏は何を大切にしてきたのか。
返ってきた答えは、「やること」ではなく「やらないこと」だった。
「『とりあえず何かやる』のをやめたことですね。それは、やるべきことに集中するという意味です」
顧客や従業員から、「これをやりたい」「あれもあった方がいい」と声が上がることは少なくない。それでも長坂氏は、ほとんどのことを却下してきたという。判断基準は明確だ。顧客が本当に困っていて、お金を払ってでも解決したい課題かどうか。
ペインの大きい課題に集中すれば、顧客は納得して対価を払い、感謝もしてくれる。その積み重ねが会社の収益を支え、スタッフの待遇向上にもつながっていく。
さらに、顧客から感謝されることで、自分たちの仕事が社会の役に立っているという実感も生まれる。収益、待遇、手応え。その循環の中から、新しい取り組みや新商品が生まれ、社内でもイノベーションが起こっていくのだと、長坂氏は語った。
まとめ:「努力の人」がイノベーションを生む
業界の常識とされてきたNo Showを、仕組みによって防ぐ。WeInsが生み出したイノベーションについて、長坂氏は「偶然が重なった」と語った。
しかし、その歩みを追う中で見えてきたのは、長坂氏の「運の良さ」ではない。自分たちの痛みに向き合い、顧客が本当に困っていることに集中する。余計なことを削ぎ落とし、解くべき課題に力を注ぐ。愚直なまでにペインに向き合い続ける「努力の人」の姿だった。
最後に、組織の中でイノベーションを起こしたいと考える人へのメッセージを求めると、長坂氏は若い世代に任せることの重要性を語った。
「イノベーションは、基本的には若い人がやるものだと思っています。30代くらいの優秀な人に任せる。40代、50代は守りの方が得意になっていきますから」
では、40代である長坂氏自身は、イノベーションの前線から退くつもりなのだろうか。そう尋ねると、長坂氏は「いや、まったく」と即答する。
若い人に任せる。邪魔はしない。だが、自分は前線に立ち続ける。そんな、どこまでも起業家らしい長坂氏がいたことも、WeInsにとって、そして宿泊業界にとって、一つの幸運だったのかもしれない。
プロフィール
長坂 創太(ながさか そうた)

株式会社WeIns CEO。2011年、バックパッカーとして46カ国を巡り、旅の虜に。旅行に関わる仕事を志し、早稲田大学ビジネススクールで出会った仲間とWeInsを創業。ドイツ発の宿泊管理・予約システム「Beds24」の日本向けローカライズ・販売を手がけ、世界最大規模のローカライザーに。Beds24と連携するNo Show対策アプリのリリース後は多忙を極め、牛丼をスムージーにして飲むことを真剣に考えるも、実際には作っていない。
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