イノベーション

イノベーションの種は「差分」と「隙間」にある|zenius株式会社 代表取締役・六車 惟インタビュー

株式会社シフト・ビジョンが展開する、イノベーションのヒントを探るインタビューシリーズ。初回は、医療機器の設計・開発を手がけるzenius株式会社の代表取締役・六車惟(むぐるま ゆい)氏に話を聞いた。革新の種はどこにあり、どのように育っていくのか。六車氏のこれまでの歩みをたどりながら、その実践のプロセスを紐解いていく。

zenius株式会社|医療機器・医療デバイスを“デザイン”する数少ない存在

海外の人にとって親しみやすい日本の言葉「禅(zen)」を取り入れた社名

zenius株式会社とは

˜医療機器やヘルスケア関連製品の設計・開発を手がけるzenius株式会社(読み:ジーニアス。以下、zenius)。同社の仕事は、単に機能を満たす製品を作ることだけにとどまらない。医療の現場に「デザイン」という概念を組み込むこと。それが最大の特徴であり、強みだ。

たとえば、パッケージの工夫や使い勝手の改善、持ち歩きやすいサイズへの調整など。患者にとって「親しみやすい」「利用しやすい」「負担が少ない」状態、いわゆる「ペイシェントフレンドリー(Patient-friendly)」な設計を、デザインと技術の両面から実現している。

六車氏によれば、海外には「デザインコンサルティングファーム」と呼ばれる企業が数多く存在し、デザインの力でクライアントの事業成長を支えているという。一方、日本ではそうした考え方はまだ広く浸透しておらず、とりわけ医療領域にフォーカスした企業は限られる。

だからこそzeniusは、「世界基準の医療デバイスをデザインする」を掲げ、先駆的な存在になることを目指している。そのために、自らデザインするだけでなく、海外の優れたプロダクトを見極め、医療の現場へ持ち込む役割も担う。商社・代理店機能も含め、多角的に事業を展開してきた。

創業に至った経緯

そもそも、六車氏はなぜzeniusを立ち上げるに至ったのか。そこには、市況の変化という抗えない波と、自身の経験を次の価値へつなげようとする必然があった。

六車氏が新卒で入社したのは、自動車やフィーチャーフォン(いわゆるガラケー)などのエンジニアリングやものづくりを手がけるベンチャー企業だ。同氏も、当初はガラケー領域のものづくりに携わっていたという。

転機は、外部環境の変化だった。リーマンショックを受けて会社は民事再生を経験。その上、iPhoneの登場により、ガラケー事業が急速に縮小を余儀なくされる。新たな事業を生み出さなければならない状況で、六車氏が可能性を見いだしたのが医療機器分野だった。ガラケーで培った、複数部品から手のひらサイズの機器を組み立てるノウハウや、人間工学を踏まえて使い勝手のいいものを作る感覚が生きると考えたからだ。

当時、医療機器の製造・開発の案件は国内に少なかったことから、六車氏は若くして海外を飛び回り、ヨーロッパやアメリカで事業開発の最前線に立った。

しかし、しかし紆余曲折を経て、チームは解散されることに。「ならば、自分でやろう」と独立を決め、2016年にzeniusを立ち上げた。創業当初の約2年間は、ほぼ一人で事業を回していたという。

海外経験が教えてくれたこと

六車氏がzeniusを立ち上げた背景には、もう一つ大きな要因がある。それは、海外で実感した日本のものづくりの可能性だ。

当時、六車氏が携わっていたのは、海外企業からニッチな製造案件を請け負い、日本のメーカーとともに形にして輸出するというビジネス。品質や技術は欧米の顧客に強く響き、手応えもあった。ただ、同時に疑問も抱いた。

「こんなにも海外の顧客から褒めてもらえるのに、メインストリームでは活躍できない。日本の技術力は、世界で十分に発揮しきれていないのではないか」

海外からの反応を目にするたび、“もったいなさ”が際立って見えたという。そのギャップを埋めたいという思いが、起業への背中を押した。

ビジネスの着眼点|「差分」から生まれるイノベーション

開発スピードの差:週単位×月単位

ガラケーと医療機器には共通点もあるが、扱う業界が変われば、前提もルールも大きく異なる。それでも六車氏はその経験を医療の領域へと接続し、事業としての感触をつかんでいった。

その鍵について、六車氏は「それぞれの業界の間にある“微妙な差分”」と表現する。ある業界では当たり前のことが、別の業界では目新しく、価値になる。とりわけ医療の現場で大きく評価されたのは「スピード感」だった。

医療分野のものづくりは、数ヶ月から半年単位で進むことが一般的だ。一方、六車氏がもともと携わっていたガラケーの開発は、数週間単位が当たり前。そのテンポでビジネスを進めるだけで、欧米の顧客には驚きとして受け止められ、評価につながったという。

常識の差:流体解析技術の応用

「差分」はスピードだけではなく、技術面にも現れる。六車氏がそれを実感したのは、喘息の吸入器の開発に取り組んでいたときだった。

六車氏が在籍していた会社は、自動車系のエンジニアリングが主力であった。自動車の世界では、実機を作る前に空気抵抗などをソフトウェア上でシミュレーションし、形状を詰めていく。いわゆる流体解析が当たり前の技術として用いられている。

吸入器も、自動車と同じく「空気の流れ」が重要だ。そこで、流体解析の知見を応用することにした。自動車の世界では基本的な技術であり、欧州などでは既に浸透していたが、国内の医療業界ではまだそれが新しい驚きを持って受け止められたという。

六車氏は、こうした気づきの積み重ねが、ビジネスにつながっている実感があると語った。

「差分」を見つけ出す目:定点観測×ニュートラル

イノベーションの種になりうる「差分」は、どのように見つけていくのか。六車氏は、自身の経験から、その手がかりを二つ挙げた。

一つは、物事を定点観測する視点だ。六車氏は長年にわたり海外営業に携わり、海外と日本、双方の医療業界を見続けてきた。比較の視点を持ち続けることで、両者の違いが鮮明に浮かび上がってくるという。

もう一つは、自身を「究極ニュートラル」だと捉える自己認識だ。医療畑の出身でもなければ、エンジニアとして一本で歩んできたわけでもない。六車氏のいう「染まるほど、どっぷりではない」という距離感が、結果的に武器になっている。

いずれも、対象との距離を取る姿勢に共通点が表れている。常識に寄りかかりすぎず、一歩引いて眺めることが、「差分」を見つける目を育ててきた。

事例で見る実装|「隙間」からのビジネス拡大

コンビネーション製品に「隙間」が生まれる理由

数多ある医療機器の中でも、zeniusが強みとするのが「コンビネーション製品」の領域だ。これは、薬と、薬を体内に届けるための注射器や吸入器といったデバイスが組み合わさり、はじめて治療として成立する製品群を指す。

六車氏がここに「隙間」を見いだしたのは、デバイスも重要な要素であるにもかかわらず、実際にそれを扱う主体が製薬会社である点だ。製薬会社は薬のプロフェッショナルだが、デバイス設計やエンジニアリングの専門性を十分に有しているとは限らない。

この構造的な“ズレ”こそが、ビジネスが生まれる余地になる。デバイス側の知見を持つ外部パートナーの役割が大きく、デバイスの価値を付加価値として捉えてもらいやすい領域だからこそ、イノベーションのチャンス、そしてビジネス拡大のチャンスがある。流体解析技術の応用と同様に、欧米では業界的に一般常識としてサプライチェーンに組み込まれているものが、まだまだ日本では浸透していないところも、タイムマシーンビジネス的な隙間の余地を確信させた。

CASE1:蛍光ペンにインスパイアされたオートインジェクター

イギリスのOVAL社の開発を支援したオートインジェクター。カラフルな色合いもかわいらしい。

実際に、zeniusが携わったプロダクトの一例を紹介しよう。一つ目は、食物やハチなどによる重度のアレルギー反応(アナフィラキシーショック)時等に用いることが出来る、自己投与型の注射器、オートインジェクター(自動注射器)である。代表的な製品として“エピペン®”が世の中では広く知られているが、常時持ち歩くには大きく、デザイン面でも日常に溶け込みにくい。心理的なハードルから携帯されず、必要なときに間に合わないケースも起こり得るという。

そこで英国のベンチャーとともに新製品の開発に挑んだ。内部に収める注射器(シリンジ)の標準規格がサイズを縛る課題があったため、シリンジそのものから開発し、小型化を実現。さらに、蛍光ペンに着想を得て、日常に馴染むデザインへ落とし込んだ。緊急時に第三者が扱う可能性も前提に、「キャップは外す」という直感が働く形に作り上げたという。

一方で、実用化にあたっては、新たなシリンジに薬剤を充填する設備などの“受け皿”も必要になる。六車氏は「いくら素晴らしいと言われても、すぐには採用できない壁があった」と振り返る。ただ、開発は途切れていない。10年以上の歳月を経て、現在は市場投入目前のフェーズまで進んでいるそうだ。

CASE2:ジェネリック吸入器のデバイス

一見シンプルでも、内部は28もの部品で構成される。zeniusは部品点数を減らしつつ同等の性能を維持し、開発コストの低減も図っている

もう一つの事例が吸入器だ。喘息など呼吸器疾患の治療で用いられるデバイスだが、zeniusが着目したのは「ジェネリック」の領域である。一般にジェネリック医薬品は、有効成分(物質)の特許が切れることで市場に出てくる。ところが六車氏によれば、薬とデバイスが一体となって成立するコンビネーション製品では、有効成分の特許だけでなくデバイス側の特許も関わるため、両方の条件が整わなければジェネリック化が進みにくいという。

この構造の中に、六車氏はビジネスの「隙間」を見いだす。デバイス側がボトルネックになっているなら、同等の性能を満たすデバイスを提案できること自体が価値になる。

実際にzeniusは、ジェネリック医薬品向けの吸入器として、先発品と同等の吸入特性を保ちながら、内部の空気の流れを安定化させることで吸入性能のばらつきを低減させたデバイスを開発している。制度と特許、設計のあいだに生まれる「隙間」を、技術で埋めていく取り組みである。

現状の課題とメソッド|事業の柱の立て方と“わらしべ”営業のスタイル

一つを伸ばすか、複数を立てるか

外からは着実に前進しているように見える六車氏に、あえて課題を尋ねてみた。

六車氏が率直に語ったのは「伸ばし方」に関する悩みである。zeniusでは、設計・開発を軸にしながらも、事業としては複数の柱を持つ。それぞれをさらに大きな規模へ伸ばすつもりで取り組んでいるが、現実には一定のところで伸びが止まりがちだという。

六車氏は「ゼロイチを作ることは得意な方だと思います。でも、それを大きく伸ばすのはあまり得意ではない。ゼロイチを複数作る方が、自分には向いているかもしれません」と話す。

背景には、日本ではデザインに十分な対価がつきにくいという市場感覚もある。デザイン単体でもビジネスにはなるが、それだけでは成り立ちにくい。だからこそ六車氏は、設計・開発に加えて、商社的な機能や代理店的な取り組みなど、周辺領域にも事業の柱を広げている。

自身の不得意や市場の現実を真っ直ぐに見つめた上で、事業の形そのものを組み立てていく。それが六車氏の経営スタンスだ。

信用を“つないでいく”発想

事業を広げる上での営業スタイルについても、六車氏の言葉は具体的だ。自らのやり方を「わらしべ長者っぽい」と表現し、まずは無理をしてでも、起点となる“最初の一件”を取りにいくという。

「最初に名の通った会社さんとの案件を死に物狂いでこなす。そして、評価いただく。そうすると、“実はもう、あの会社さんとお仕事させていただいてまして”と言える。それ自体が信頼になるんです」

この感覚は、六車氏の大学時代の経験に起因している。ノートを入手するのが難しいある有名教授のノートを起点にして、他の教授のノートを手に入れていく。そんな“最初のレバレッジを作る”発想が、今にも続いていると振り返った。

六車氏によれば、接点づくりの場として最も効率がよかったのは展示会だった。国内で年間3〜4回ほどある関連展示会には必ず出展してきたという。業界的に大手とフラットにつながれる場が限られる中、「運の要素はあっても毎年出展することで顔と名前が売れるし、結果一番効率がいい」と判断した。

加えて、海外との取引が半数を占めるzeniusでは、大使館とのつながりがビジネスに生きた場面もあったという。意図的に作った関係ではなくとも、上述したフラットな場で長年紡いできた縁が次の機会につながっていく。その積み重ねが、六車氏とzeniusを形づくっている。

メッセージ|見る角度を変えれば、そこにイノベーションのヒントがある

最後に、これからイノベーションを加速させたいと考える企業に向けて、六車氏のアドバイスを聞いた。

「イノベーションを生み出したいという相談を受けて、一緒に製品開発に取り組むことは多いのですが、自社のサービスや製品とかけ離れたことはやらない方がいい気がしています」

六車氏はそう前置きしたうえで、各社は結局、自社の強みを生かす方向に収束していく傾向があると語る。

一方で、当の本人たちは、自社の製品やサービスに飽きてしまっていることも少なくない。だからこそ六車氏は、「角度を変えて見れば、すでにイノベーティブなものを持っている会社は多い」と指摘する。扱う場所を変える、使い方を変える。たったそれだけで、「それ面白いじゃないですか」と思えることも往々にしてあるという。

同じものを見ていても、見方が変われば価値が変わる。六車氏が見つけてきた「差分」も「隙間」も、特別な発明というより、視点の置き方から生まれていた。飽きたように感じる自社のサービス・製品も、持っていく場所を変え、使い方を変えれば、まだ伸びしろになる。イノベーションは遠くにあるのではなく、見立てを変えた先で、はっきりと輪郭を現すのかもしれない。

会社概要

商号:zenius 株式会社(zenius Ltd.)
設立:2016年12月
所在地:〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6-27-4 東武第二ビル3F
代表取締役:六車 惟
事業内容:医療デバイス・ヘルスケア関連製品の開発・技術コンサルテーション・貿易商取引

プロフィール

六車 惟(むぐるま ゆい)

zenius株式会社 代表取締役。中高時代をカナダで過ごし、慶應義塾大学法学部法律学科を卒業。新卒でエンジニアリング系ベンチャーに入社し、リーマンショックによる民事再生を経験。その後、欧米での事業開発に携わりながら医療機器開発事業を立ち上げ、2016年にzeniusを創業。医療機器開発を世界基準へ近づけることを掲げ、リーガルとビジネスの両面から事業を牽引する。

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